大阪の下町で生まれ育った庶民の味、「串カツ」。その誇り高き伝統は、カウンター越しの賑やかな店内で、衣をまとった一串が油の中で軽快にはじける音とともに、五感へと真っ直ぐに語りかけてくる。串カツを語るうえで外せないのが、ぱっと見ただけでは分からない「衣」へのこだわりだ。衣の厚みがわずかに増えるだけで、具材本来の風味は遠のき、油のもたれを感じてしまう。だからこそ、腕の良い職人は粉の配合と水加減、溶き方まで細心の注意を払い、できる限り薄く均一な衣を纏わせる。その緻密な作業があるからこそ、噛んだ瞬間にパン粉のサクッと軽やかな食感と中身のジューシーさが際立つのだ。
パン粉の質もまた、串カツの美味しさを左右する重要な要素である。市販の乾燥パン粉では出せない、ほんのり甘くかつ粗めの食感を持つ生パン粉が重宝されている。スペシャリティを誇る店では、パン粉まで自家製とし、その日の湿度や気温に応じて粒の大きさや含水率を調整する。串カツの種類に応じてパン粉の付け具合も絶妙に変え、中身の海老や牛肉、野菜それぞれの持ち味を引き立てる。
もう一つ、欠かせないのが揚げ油の鮮度だ。老舗の名店ほど、油の管理に余念がない。揚げくずはこまめに取り除き、油は定期的に取り替える。これにより、油っこさがなく、いくら食べても胃にもたれない軽やかな仕上がりを保つ。香り高くもクリアな後味は、丹念な油仕事から生まれる「無言の気配り」なのである。
そして、串カツ独自の食文化を象徴する一コマが、「二度漬け禁止」というルールに集約されている。大きなソース缶がカウンターに据えられ、揚げたての串をひと潜り。それぞれがソースをたっぷり絡ませるが、一度口にした串や食べかけのものを再びソースに漬けるのは、ご法度とされる。このルールは単なるマナーにとどまらず、大阪人独特の気配りや清潔感、そして「みんなで気持ちよく食を楽しもう」という相互尊重の精神の現れである。
こうして串カツは、薄衣とパン粉、油へのこだわりに加え、卓上のルールまでもが食文化として昇華されてきた。気軽につまめる庶民の味が、いつしか大阪の粋と優しさを映し出す一串となったのには、こうした小さな積み重ねがあったからに他ならない。店ごとの工夫やこだわりにふれながら、串カツの串ごとに感じられる世界を、ぜひゆっくりと堪能してほしい。